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離婚相談

結婚相談所というのはあるけれど、離婚の相談所というのもあるのだろうか。都会ではありそうではあるけれど私のような地方に住む者にとっては聞きなれない。そもそも離婚の相談とは、別れたい人がどうやったら別れられるのか相談しにいくところなのか、離婚を悩んでいる人がどうやったら別れずにうまくやっていけるのかを相談しにいくところなのか分からない。それか離婚に関する相談事なら何でもOKなのだろうか。

私は何度も別居したいとか別れたいとか思ってきたけど、ひとに愚痴はいっても離婚について相談したことはない。結局決断するのは自分自身でしかないと思っている。唯一相談するのであれば、子供かなぁと思う。子供に「お母さん、離婚したいんだけど、どうかなぁ」と言うのはおかしいことではあるけれど、それによって生活が変わるのは自分たちとその子供であるから相談するに越したことはない。ただ私の子供たちはまだあまりにも小さいので対象ではないけれど。

私の友達に親に離婚を相談されているという人がいた。高校を卒業して家を出て自分で働きだしてからのことだ。いがみあいながら生活するのもあれなので、「自分たちの好きにすればいいよ」と答えたらしい。彼女の両親は結局離婚しなかった。二人とも動物好きでゴールデンレトリバーを飼い始め「犬はかすがい」となったらしい。

熟年離婚

熟年離婚という言葉が出回るようになったのはいつ頃からだろう。日頃生活に不満をもっている私には熟年離婚にはかなり共感する。誰に「おつかれさま」と言ってもらうことのない家事や子育てに追われてきて、「子はかすがい」と子供のために我慢してきて、年をとって、子供が自分から巣立ってしまった後、だんなと一緒にいる意味を見出せないと思ってしまう人が多いのはおおいに納得である。熟年離婚万歳!て感じだ。

だんなは外で家族のために一生懸命仕事をしているというけれど、それをたなに挙げて家のことは知らん振り、子供のことは好きな時だけ、妻のことは家政婦のような扱いでは、熟年離婚されてもちっとも不思議ではない。家での仕事に「おつかれさま」や「ありがとう」と言ったことがあるのかと問いたい。お金にならない仕事でも生活を支えていることには変わりないのに、稼いでいる者だけがえらいような上から目線はやめてもらいたい。そんな態度では定年を迎え、稼ぐことがなくなったら熟年離婚という結末になる。結局、だんな=お金としてしか存在価値がなかったということになってしまう。怖い話だ。

熟年離婚されないためのセミナーなどテレビで紹介されていた。参加者はすべて男の人。熟年離婚回避への法則などでは、ささいなことに「ありがとう」と言おうなどと、幼児へのレッスンのよう。この他にも一日一食は食事を作る、共通の趣味をもつなど熟年離婚への対応が色々挙げられていた。

離婚回避

離婚したいという思いとできない現実、一番の理由は経済力だと思う。バリバリ仕事をして稼いでいるなら迷うことはない。それに、もし外でバリバリと仕事をしたら、子供がいてもなんだか平等感が家庭にもあって、今ごろ離婚したいとは思っていないのかもしれない。

経済力の他に離婚を回避しているものは、親の存在かもしれない。結婚式も盛大に挙げてもらった。別れたいなどと言うのは申し訳ない。自分の親に愚痴を言っても、聞いてはもらえるが、「結局はあんたが選んだ人でしょう」と回避される。確かに選んだのは私だ。生まれ変わったら選ばないと思うけれど、選んだことの責任回避はできそうにない。

嫁姑問題がないのも離婚回避のひとつだと思う。だんなのお母さんはかなりいい人で、おしつけがましいこともなく、私の体調の悪いときには子供のめんどうをみてくれたりと良くしてくれ、離婚を回避させる。だんなの妹もこれまたいい人で、私の愚痴も聞いてくれて相談にものってくれる。だんなとは別れても、この家族とは離れたくないと思うほどである。まだ子供が小さいうちは頼りになる人が周りにいてくれるというのはほんとにありがたくて、離婚への思いを回避させる。

最後の離婚への回避はやっぱり子供の存在かもしれない。「子はかすがい」とは本当にそうである。どんなにイライラしても「パパ」と楽しそうにしているのを見ると、その思いを自分の中で回避させるしかない。

パンチのある離婚原因

離婚したいと何度も思ってきたけれど、そこに踏み出すにはまず経済力がない。子供二人、専業主婦、仕事から探さなくてはいけない。子供をみてもらうところも見つけないといけない。現実を考えると離婚したいが、離婚できない。慰謝料をいっぱいもらえるほどの原因もない。芸能人の離婚率が高いのは、芸能界に復帰すれば稼げるからだろう。宝くじにでも当たれば、思い切って離婚できるのかな。

経済力がないからには離婚には実家の協力は必要不可欠だ。そのためには何か大きな原因がないと話が切り出せない。生活でのささいなことが積もりつもってイライラしているのが実際の原因だとしても、それを別れたい原因といっても親は「はい、そうですか」とは納得しないだろう。

言葉の暴力などで傷ついたことが何度もあっても、親への言い訳にするにはパンチが足りない気がする。いっそ顔が腫れるようなDVでもあれば、それを原因として胸を張って実家に帰れるのにと思う。または浮気の要素でもあれば、大きな原因となるのに、なんてマイナスなことを考えてしまうこともある。とにかく影響大の原因がひとつあればいいのだけれど。

実家の協力もなしに、それでも離婚したいという断固としたものがある人は原因が何にせよ、よっぽど自分に自信があるのだろうと思ってしまう。子供がいなければ話は別だけれど。かといって子供を手放すことは考えられない。難しいものだ。

離婚理由

うちはよく言い争いもするし、子供が生まれてから、自分の活動の自由が減った分、喧嘩すると離婚したい衝動にかられる。でも突き詰めてみると理由は大したことではない。だからまだ同じ家にいるのだけれど。

でも、周りでは離婚したという話をよく聞く。子供が生まれてやっと数ヶ月といっていたのに分かれたとか。理由は何なんだろう。すごい親しい友達というわけではないので、理由を根ほり葉ほり聞くことはできないけど、離婚という大事業を決意した大きな理由というのを小心者の私は聞きたくなる。

だんなが働かないとか、ギャンブルで借金したとかの理由で生活の危機を感じれば離婚するのは当然だけど、一番の理由は結局愛情なのではと思う。いくら遊び呆けても、浮気されても、借金があっても、愛情が少しはあれば、離婚することはないかもしれない。愛情ゆえに「これからは・・・」と期待してしまうか、「仕方ない」と仙人のようになるか。でも愛どころか情さえなくなれば、どんなささいな理由でもスパーと離婚してしまうこともあるかもしれない。聞いた話で、結婚してから夫婦生活をだんなに拒否されたというのがあった。深くは知らないけれど、愛情を否定されたような感じがしたと。結局それが理由で離婚した。

離婚の理由はさまざま。DVもその一つだけれど、男の人は結婚したら変わってしまうパターンが多いのかなと思う。恋人だった人を家政婦か母親のように扱うのはなぜなのだろう。